待たせる身が辛い

躁鬱 首の皮一枚大学生 レズビアン

2019/6/16

ふとパソコン右下に目をやった。6月16日。えっ6月16日って、私が去年彼女(だった人)と出会った日じゃん。

ついにこの日が来ていた。突然に出くわしたという感覚だ。とりあえず居ても立ってもいられず「記事を書く」を押した。いつも以上にノープランだ。

 

レズビアンの世間話というかぼやきとして、「彼女ってどこで出会うの」というアレがある。自分はかの人(なんとも呼べない、呼びたくないのでかの人と呼んでしまう)とインターネットで知り合った。しかもかなり特殊な知り合い方をしたと思う。参考にはならない。共通のもののファンでお互いビアン、という前情報を共有して友達としてのやり取りが始まった。そしてそれはかなり「遠かった」というか、ぼかすとうまく言えないなこれ、ううんと、私は付き合うまでかの人の本名も顔もハンドルネームもLINEも普段の書き言葉も知らなかった。付き合ってから全部知った。なかなかないよなこれ。

付き合い始めた日もどうせ来月やってくるからその前の話をすることとしようか今日は。

 

前提としてというか、自分は未練タラタラとまでは言わないが、なんだろう……。引き摺っている、というのは間違いない。かの人はまだ、というか当然のことだとも思ってしまっているが、ずっと自分の中に居る。確かに居る。頻繁に意識に浮かぶ。僕はスマホに残ったかの人との写真をほとんど消していない。手付かずだ。僕の友人には朝方に彼氏と別れのLINEをして二度寝する前にそのまま二人の写真やデートの時の写真をカメラロールから全消去し、LINEのトーク履歴もクリアしたという、なんというか……僕から言わすと「すげえ」人がいるのだが、まあ色々な価値観や感覚が会う友人だとしてもこと恋愛においてはかなり対極に位置する、という事があるらしい。

何を書こうか。どんな言葉を尽くしても不誠実というか、何も言ったことにならないというか、蛇足というか。

あなたへと渡す手紙のため
いろいろと思い出した
どれだって美しいけれども
一つも書くことなどないんだ
でもどうして、言葉にしたくなって
鉛みたいな嘘に変えてまで
行方のない鳥になってまで
汚してしまうのか

――米津玄師「vivi」

これを思う。これだなあと思う。正直言えば、僕はこの日にかの人に当てた文章を僕らが(僕らが、とまとめて呼ぶのは不思議な心地がする)出会った場所に投稿しようかと考えていた。かの人にしかわからないパスワードをかけて。

ただ、書けなかったのだ。何も浮かばなかった。思い出話をするのか?なんと言って始める?どう締める?お元気で?いつかまた会いたい?まだ大切な人だよとか言う?恐ろしかった。決められない。僕は1月のまま特にまだ何も決まっていない。今誰かにかの人と付き合っていた話をするとして、「まあ今となっては」とかいう総括で終わらせられないのでかなりフワっとした話になってしまうだろう。分からないから。この状態の僕がかの人に相対することはできない。まだ。あの時間をどう位置づけて意味づけていいのかがまだ分からない、僕の人生において。

 

語らないほうがいいこともあるのだろうか。野暮というか。「どれだって美しいけれども 一つも書くことなどないんだ」、まさに。美しい日々だったなあと一人で味わっておけばいいのだろうか。あぁなんかそんな気がしてきたな、割ときれいに僕は去れたのだから、そのままの方がいいのかもしれない。何度も何度も取り出して咀嚼しなおすのは、それを表にするのは、下品なのかもしれない。太宰も言っていた(おれは太宰に心酔しているので思想に取り入れがちだ)、その時に面白く読めたということが幸福感であり、それを先々まで持ちこたえなければ堪らないというのは貪婪、淫乱、剛の者であるという。二日酔いを求めるのは不健康だと。うん、そうか。そうなんだなあ。そういうものなのかもしれないなあ。

「鉛みたいな嘘に変えてまで 行方のない鳥になってまで 汚してしまうのか」、うんうん。僕は別に手紙を書かなくても、よい。よいのだ。だって、書きたいこともないのだから。

確かなことは、僕がこの日を今年も覚えていた、何か言いたくはなった、ということか。

「待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね」

高校時代から太宰治に入れ込んでいるわけだが(このフレーズ、今まで一体どれだけの人が使ってきたのだろう)(それこそ50年位は言われ続けていそうだ)、なぜならビビっと来るからである。きっと太宰治にハマる人はみんなそうだ、彼に、彼の作品に、身体の芯が共鳴するからだろう。

 

ブログタイトルに拝借している、「待つ身がつらいかね、待たせる身がつらいかね」のエピソードが特に自分は好きだ。そして、この話を聞いた時の反応はきっとふた通りある。そこも面白くて好きだ。

 

昭和11年の12月のことである。家にいると仕事ができないと言って太宰さんは、井伏氏の知り合いである小料理屋を介して、熱海に執筆の為の宿を借りることにした。
 何日かして、太宰さんは「お金がない」と当時の妻である初代さんに連絡をする。大方、酒代に使ってしまったのであろう。そこで初代さんは、小説家仲間の檀一雄氏に「お金ができたので持っていって欲しい」と依頼したのだ。
 檀氏は、太宰さんの元へお金を持って行くのだが、結局は一緒になって酒を飲み、その日のうちにお金をすべて使ってしまう。まさにミイラ取りがミイラとなってしまったのである。だが、それでも彼らは驚くことに、その窮地を寧ろ楽しむか如く、放蕩に耽るのであった。
 そして、とうとう3日目の朝、太宰さんは「菊地寛の処に行ってくる。君、ここで待っていてくれないか」と言い残し、単身東京へと帰って行く。お金を借りに帰ったのだ。壇氏は、心細い限りであったが、仕方がない。太宰さんを信じて待つ他は無かったのである。
 しかし、太宰さんは戻ってこない。何日かして、檀氏は小料理屋の親父と二人で東京へ行ってみることにした。
 果たして、太宰さんは、井伏氏の処にいた。呑気に将棋など指しているではないか。
「ああ、檀君」思いがけない到来に、狼狽の声をあげる太宰さん。
 その姿を見て、檀氏は激怒。「何だ、君。あんまりじゃないか」と怒鳴り声を上げたのであった。
 太宰さんは、その怒号にパラパラと駒を盤上に崩してしまう。指先は細かに震え、顔からは血の気が失せてしまっている。オロオロと声も何も出ないようであった。
 その場は、井伏氏が何とか収めた。小料理屋の親父も、数々の勘定書を残し、渋々と引きあげていった。
 ようやく、場は落ち着きを取り戻した。しかし、ここで檀氏は、太宰さんから思いもがけない言葉を聞かされるのである。

「待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね」

この言葉は弱々しかったが、強い反撃の響きを持っていたことを今でもはっきりと覚えている。~檀一雄『小説 太宰治』より

https://note.mu/furoyama/n/n11cf68cc3afd

 

「は?w」と思うか?そちら側の反応の方が多いのかもしれない。走れメロスの作者本人はこうなのかよ、と。

 

自分などは「待たせる」側である。たいてい、そうだ。周囲の人々には何かしらの御面倒をお掛けして生きている。鬱とゼミの発表時期が重なり前日までレジュメは白紙、駆け込みで教授に「最大限の努力はしてみましたがどうにも出来ません、読めず書けずなのです、何卒お情けを、どうかお頼み申し上げます」と必死の陳情、順番の延期。期末レポートを提出せずに単位を出してもらったこともある。頭が上がらない。

友達にも頼りっきりだ。まだ病院にかかる前、一緒に受けている講義を一人欠席しまくる自分を「連絡無しに来ないとか、そういうの私苦手な方だから」と断罪した友人の声、あれをよく覚えている。そうでなくてもプリントを取ってもらったり次回までの課題を聞いたり、なんとまあ人のご厚意にすがっていることか。遊ぶ予定を電車で倒れてドタキャンする事も結構ある。

 

なぜ、普通にやれないのか。謝罪の日々。なぜ。自分は。嫌悪。時には、憎悪。

 

待つ身も辛いだろう、待たされて迷惑を被っているのだから。いやしかし、しかしだぞ、待たせる身も、辛い。確かに、はっきりと、辛い。普段から面倒をかけている師匠にこの上借金の申し出ができるか?なんと言えばいい?その脂汗の苦しさ。呑気に将棋など指してしまうのがリアルだ。焦りがある時こそ、日常的なくだらぬ事をしてしまう。頭の働かない時間稼ぎ。そして、更に、言い出せないことによって友人を待たせている。日が経つにつれ、友人は居た堪れなくなっていくことだろう。親父から向けられる目はどんなものだろう。その重圧。

待つ身は、怒ればいい。待たせる身は、謝るしかない。待たせているのだから、この上面と向かって自己弁護は出来ない。だが、この身悶えはどうすればいい。

何も感じない訳がない。問題を抱えているのは自分なのだ。罪悪感、自責、疎外感、脱落。待つ人は良い、そんな相手と居なければいい。付き合う人間は選べる。こちらはいつも、待たせてしまうのだ。己からは逃げられない。どれだけ憎くても。自他への苛烈な感情が胸の内で渦を巻く。炎を吹き上げる。

 

そこを拾うのが太宰だ。だから大好きだ。「こちら側」なんだ。強い反撃の響きを持っていた、そうだろうとも。黙るしかない我々の、しかし、殺してはおけぬ思いだ。正論に負かされる我々の、行き場のない言葉だ。

太宰に向かって「ダメ」とか「クズ」とか、今までどれだけそんな言葉が投げられてきたのだろう?だが、自分もダメでクズな訳で、太宰は星なのだ。この種の苦しみを汲み取って文に著した人が居た、その事に救われる。救い、そう、太宰治は救いです。太宰治は今までも今もこれからも、誰かの救世主だ。陳腐か?いやいや、事実だろう。

 

「芸術家は、もともと弱い者の味方だったはずなんだ。」

太宰治『畜犬談』

 

 

2019/5/24

「性格…日による」みたいな、小学生のバトン回答みたいな事を地で言ってしまう気分だ。日によるんだよなあ。躁鬱なので、と言ってしまえば身も蓋もないが、社交的になったり寝込んだり話したがりになったり視線で殺されそうになったり、まあほんと……日によるね。ね〜。

 

社会の一員として、どうなん?現状。という所に思いが至ると死を迎える。おれはおれで勝手に生きてやる卍という時と、穀潰し死すべき、という時と。

今の事だけを話そう、人間には今この瞬間しかないんだ。何がしたいか分からない、というテンプレ若者なので、何でもしてみるしかねえんだろうな、と思う。何でもやってみるべき。液晶に並ぶとなんとも陳腐な文字列で涙も出ないが、本当のことだこれは。「自分らしさを大事に」みたいなアレはよく聞くが、さて自分らしさとは?という。僕はどうせ僕の顔を肉眼でまっすぐ正面から見ることは叶わないので、それを追求するのはさて置くとして、硬直したくないという事だ。それに縛られたくない。変化を恐れたくはない。「これは自分らしくない」という、「キャラじゃないから」という拒絶をしたくないという話。

キャラと言えばサークルの合宿の夜に友人が話していてスペシャルそれなと思ったのが、「人をキャラクターにすると見えるものも見えなくなる」みたいな話で、いや……ほんとこの子好きだな……となった。「○○な人ランキング」とか楽しいけど、人間は多面的であり一言で語るなんて不遜が過ぎるのだ。語れ。人、人についてちゃんと語るべき。言葉を尽くして語るべき。ジャンル名をググって済ますなんて勿体無さすぎる。あなたは「(L)gbt」さんじゃない、「あなた」である。

脱線。なんだっけ、ああそう、キャラじゃないから……とか言いたくないという話。何でもやりたい。やれる時は。重要。やれない時は何もやれないので。だからね、クラブイベントに行くか迷ってるんですよ。根っからの陰の者な自分がそんな所に行くことを検討する日が来るとは全く思っていなかったんだが、まあ人生というのは分からんというか、転がるに任せるというのは面白いなあ。周りにいる人が増えると、色々な話題が舞い込んでくるので本当に面白い。ありがとうみんな。で、クラブだって。てかクラブって何だ。なに?あれ。実際なにしてんの?中で。踊るの?踊れた事ないなあ、人生で一度も……。整理しよう、行きたくない感じの気持ちくんは手を挙げてください。酒が飲めません。外見に自信がありません。陰キャなのでノリが怖いです。口説けません。世間知らずと思われたくないです。恥をかきたくないです。治安が不安です。うんうん、このくらいか。次は行きたさくん手を挙げて。恋愛の香りがある女性と話したい。ギャルを見たい。出会いを探してもいいのでは?という己への許し。話のネタに。名古屋で開催するんだし折角だから行っとけ。あとで行けばよかった!となるかも。そんな感じか。うーん、そんな感じかあ。

結論、出ねえ。出ねえけども、行くかどうかは決めなくてはならんのだ。あーー、え〜〜……??人に聞くか。ちょっと友人に聞いてみるか。判断材料の一つとしてそれはアリ。マジ?!意外〜!!とまず言われるに1000円賭けよう。本気の価格設定。というか、友達に会いたいな。会いたさがある。小学校から大学現在まで進路が丸被りのマブダチくんが居るけど、最近いよいよ顔を合わせないのがデフォになってきて不自然な気分だ。彼女は単位をあらかた取り終えているので。え〜ちょっと、会いたみ〜。会いたみある〜。感じ方重なるポイントが多い(夜ご飯にいくらまで平気で出せるかとか、オフの推しまで知ろうとするのは強欲だとか、店員さんへのビビリ度とか)のでストレスが少ない。疲労しない。素晴らしいことです。たまにここは違うなあと思う話題はあるけど。まあドッペルゲンガーじゃないので。自分と同じ人間はいないという孤独を受け入れて生きていこうな。

 

「ウチら棺桶まで永遠のランウェイ」を読み終わった所なのでこんな感じだ。ギャルの精神性を尊敬している。人のエッセイ、と言うのか?思想を聞かされると、自分も話したくなるのが人間ですね。うんうん、今日の文体はそこそこ柔らかく自然な感じがいいと思うよ〜。文体、生きている。「日による」。ウケるね。まさしく僕の文章って感じじゃん。

本を読むべき。太宰を読もうもっと。あ、あー卒論……卒論書かないと。しまったな、嫌な事を思い出した。「コツコツやる」という事を人生で一度も達成できたことがないのでもう地獄へのベルトコンベアに乗ってるんだおれは既に。釜が見えてる。煮えてる釜が。卒論一夜漬けは最強すぎんか?逆にそれが出来たら一生一夜漬けの生き方でも自信つくかもしれない。特技じゃん。すべての書き物を一晩で形にできます。天才じゃん。

 

躁の時の自分の尻拭いをする生活だ。何かに申し込むのはやめてくれない?ねえほんと。今日明日で出来ることにだけ飛びかかっていってくんない?TOEICの勉強マジでしてないんだが。最初の2週間くらいしか。明後日じゃん。ビビるんだが。最近英語聞いてもないな。ヒューとザックの映画、手の届く範囲のものは見終えてしまったからなあ……。

 

退屈しているのかもしれない。何する?何でもやってみたいんだ俺はよ。ゲーム実況やってみたいよなあ、いつか。いつかってお前多分今が人生で一番暇だよ。斜陽コンテンツに今から飛び込んだって伸びねえだろうとか、女の声じゃファンは付かねえとか、まあやってみないと何ともなあ。変身願望がありそう、自分。新しい人格で成り上がりたい願望か?あるな……あるね。複垢使いということです。僕の躁鬱は多重人格にも似ているよなあ、とたまに思うよ。

 

何がやりたいんだろう。将来的に、とかじゃなくて、今。目先の興味の矛先がブレる。ブレるというか、矛が溶ける。時々。やりたいことなんてないんだよなあ。ね。究極そうね。思い付きでしか生きられない。思い付き即実行期に動き、ゆるゆる慣性が働き、どこかで消える。消す。お片づけをする。以上。

The Greatest Showmanとセブンティーン・アゲインとヘアスプレー

うんうん、ザックエフロンだね。

 

ゲームのキャラクターにハマると大抵その声優のシチュCDを探しに行ったりする気質なので、ひとつのものから派生してどんどん新規沼を開拓していくことが多々あるんだけども、それが海外俳優に及びそうで少し怖い。というか、及びつつある。中の人繋がりというやつ。

 

突然グレイテスト・ショーマンのThe other sideのことを思い出してyoutubeで検索したのがことの始まりだ。公開当時何度も通ったお気に入りのミュージカルだが、いや、こんなん全人類好きでしょ。こんな楽しい曲。メロディーも歌詞も音ハメも二人とマスターの動きも、それからこのストーリーも。勧誘から身内に引き入れ一目惚れまで一曲で駆け抜けるこのスピード感。最高かな?これこれこれ~~!!と鑑賞当時映画館で大興奮したのを覚えている。ミュージカル、かくあるべし。

 

ヒュージャックマンのことは知っていた。いや嘘、そんなには知らない。ただ公開当時、あっ映画のジャンバルジャンだな、じゃあ絶対これも最高の出来だろ…と思っただけではあるのだが、元より俳優…というか芸能人の顔と名前を一致させることが本当に稀な人間なので、これは自分にしてはなかなかすごいことである。

ザックエフロンのことは知らなかった。グレショの俳優陣をググって初めて名前を知った。オタクなのでグレショのフィリップは勿論好きなんだけども(いや上流階級からサーカス経営に身を投じて踊り子と恋に落ちるキャラなんて好きにならざるを得ないよ)、顔がいいな…と思ってふと検索した、したら、いつの間にか「セブンティーン・アゲイン」と「ヘアスプレー」を見ていた。

 

セブンティーン・アゲイン」はprime videoで出演作を検索したら上がってきたのでとりあえずサッと再生ボタンを押したのだが、普通にものすごくいい映画で何度も涙が浮かんだ。高校生の身になって初めて娘と息子と交流を始める、友人として関係を持ちつつも、そのなかで父親っぽい助言をして…。避妊具の場面が特に良かった。ザックエフロンの表情と話しぶりからひしひしと感情が伝わってきた。演技、うまっ(素人の感想)。終盤の娘とのやり取りが好きだ。うんうん、高校生ならこんなの惚れちゃうよな…ベッドのシーン、めちゃくちゃこの子が魅力的でかわいらしくて目が釘付けになった。たまんねえ…。登場人物に入り込める作品が僕は好きなのだけど、この映画はすごく見やすかった。妻との関係もすごく良い…ダンスシーンなんて素晴らしい。すべて良かった。すごい作品を最初に見てしまったなと思った。最初と最後のシーンが同じなのがまた…グレショといい、身近なひとをほんとうに大切にしたかったんだ、と思い出す作品が続いているなあ。あとめちゃくちゃビンタされるザックエフロンはどこかで絶対にウケてるんだろうな。そこをポイントにしてプレゼンしてるファンがいそう。

 

「ヘアスプレー」は名前だけ知っていてううんそのうち見たいな、と思っていたのをこれを機に視聴。自分は起承転結の転が割と苦手というか、つらい展開に弱いので、最初にチャーミングなトレイシーに惹きつけられた瞬間、この先世間でトレイシーが打ちのめされてしまうことになるんじゃないか…とヒヤヒヤしたのだが、厳しい映画じゃなくてよかった。温かくてキュートなミュージカルだった。ママがいいね、これ…。大人が新しい時代に飛び出していく展開、すごく好きだ。最近Detroit:Become Humanを見ていたところだったので、デモの場面にぐっと引き込まれた。黒人差別、アンドロイド差別。そして僕のそばにある差別。昔、活動は遠くの偉い大人がするもので、自分は居間のテレビでこっそりその行方を盗み見るしかないと思っていたのだが、今はよく考えてみれば僕だってプライドパレードで歩けるし、訴訟の署名にも参加できる。意外と身近にあるもんだな、と思い直した。やれることは、やりたい。

ザックエフロンだよ。あまり掘り下げられていないリンクだったが、気取ったウィンクが普通に良かった。悔しい。調子のいいこと言ってんなあ若いなあリンク、と思ったのだが、トレイシーも幸せそうなので良し。顔のいい男のキスシーンは最高。

 

二作を見て思ったが、ぴちぴちだな肌が…。グレショが10年ぶりのミュージカル作品だったと聞いたので、なんというか本当にいいものを最初に見ていたな…と思った。

グレショの話を書こうとしていたんだが、字数が面倒なことになりそうだから軽くに留めたい。これ、どんなミュージカル?と聞かれたら、テンションぶち上げ系、劇薬、と僕は答えるかもしれない。ララランドはどちらかといえばしっとり系だと思うんだが、これはなんか…爆発系というか…。「サーカスのような映画」と評されているのをどこかで見たが、まさにその通りだと思う。息つく暇もないような映像美と最高の音楽。最高がインフレする。今まで人生で見てきた映画や舞台の中で一番激しく揺さぶられたオープニングはこの映画です。雷に打たれたような、とはまさにこのこと。

スピード感がいい。A Million Dreamsでもう僕は泣いた。ほんとに結婚できたんだね…子供もいるんだね…という幸せの涙。このかっ飛ばし感がすごく気持ちいい、すごく好きだ。The other sideもそうだが。バーナムや団員について触れると僕の文章力では収拾がつけられなくなるので泣く泣く省略するが、やはりThis is meは歴史にいつまでも残る名曲だと思う、まあ今更僕が言うまでもないが。この歌を必要とする人は世界中にいる、それは今も、これからもそうだ。これは自分の歌だ、と思える、よすがにして生きられるような歌があることは、どんなに人間にとって慰めになるだろうか。この曲だけはずっとちょくちょく聞いていたのだが、映画の中で前後の文脈と映像つきで聞くと、またなんとパワーが増すのだろう。圧倒される。「There’s nothing I’m not worthy of」、値しないものなど一つもない…そうなんだ、そうなんだよ。ああ好きだなあthis is me…。

 

話が終わらない、締めよう。次に見るのは来年朝夏まなとさんが演じることになった「天使にラブソングを」、それからDetroit:Become Humanでコナー役のブライアン・デッカートさんが出演している「リメイニング」だ。知らずに借りたがこれホラーらしいな。ホラー映画は初めてだ…。来週は「美女と野獣」「ハイスクールミュージカル」「ニューヨークの恋人」を予定。ヒュージャックマンの魅力が今から怖い。クラクラしてしまう。

2019/1/23

深く傷を負っていた。

 

自らの心境についてまめに文字に起こす方なんだけれども、それすら苦痛になる時が3年に1回くらいある。文字にするという事は自分の心を検分する事になるわけで、自らの状況と感情を言葉によって客観的にする事に耐えられないのだ。そういう時が久し振りに訪れていた。

今現在も治っていない。傷口で言うなら血が止まった程度か。恋愛が関わるコンテンツを拒絶するようになって気づいたのだが、世の中にはラブソングが多過ぎる。聞ける音楽がなくなって驚いた。昨年末に米津玄師にハマってそれこそ「Lemon」もめちゃくちゃ聞いていたのだが、全く受け付けなくなった。一言一句同意だ。忘れられたくないのだけは違うか。これはそりゃあ売れるはずだわな。

 

彼女が居たから僕は死んでいなかったわけで、それを苦しく思ってもいたのだから、あぁこれでやっと死ねるなあ、と頭では思い付く、のだが、いざこうなるとそんな気も起きないもんだな、というのを最初1週間くらい感じていた。行動力というものが完全に失われていたように思う。静かだった。静かに感傷に浸るというか、力なく横たわるといったような、そんな感じだった。

今はよく分からない。ビアンの出会い系アプリを久し振りにインストールして、ぼかしてはいるがまともに顔写真も載せてプロフィールもしっかり書いてみて、翌朝起きて消した。なんかもうどうでもいいなと思って入れたが、もしこれを彼女が見ていたらと思うと耐えられなかった。まだ君の事が好きです。まだも何も、愛情が歪んだり消えたりして別れた(別れたって文字にしたくねえなあ)わけじゃないのだから、そりゃあ好きなままだよ。それを伝えたのだから、吹っ切れたのかと思われたら死ぬ。彼女がアプリを入れていても死にたいが。そう思うと本当に、入れるべきじゃなかったなあ。狭い世界なんだからすぐ見つかるだろ。ヤケクソを止めろとは心が定まらないので命じられないが、まあやり方を考えろといった所か。

未だに彼女の事を思うと発狂しそうになるが、思い出す時間が短くなっていっているのも事実だ。時間が経つのは残酷だというのは本当だった。それで血反吐を吐くことになったとしても、片時も忘れたくはないのだ。愛していると告げたし真実愛しているのに、……。

彼女も僕の事が変わらず好きだと言ってくれたが、きっと僕ほどではないというか、優しい親愛に変わったのだろう。恋情ではなく。それで交際を続けるのが心苦しくなった、という訳で。そう聞いたからそれを信じる事にした。信じる。強い決意による。じゃあ連絡取ってもいいんじゃないか?という思い付きが生まれるのだが、まあ既読がつかないとかブロックされてる場合に心が無理になるのはもちろんのこと、返事が返ってきたとして、その言葉にブレブレになって僕が強く復縁を迫るのは結構ありそうな線である。やめろやめろ。良いことないはずだ。彼女が忙しいのは確かだし、まあ僕への情も薄れかけていることだろうし、縋り付いて受け入れてもらう形では僕の立場が下になってしまうから、その意識を持ちながらでは対等な関係は築けず、何も主張できず向こうの要求を永遠に呑み続けることになるな。まあ今更だが。結局、僕は大した自己主張が出来ないままだった。これも僕が彼女の望みを叶えたというか、まあ僕は本当に別れたくなかったのを彼女に押し切られる形で、というアレね。

重いんだろうなあ。いやまあ、それはそうなんだろうきっと。べったり行きすぎて親友から拒絶されたことがあるので頼るのが怖い、と彼女に話した事があったが、結局また重いんじゃねーか!!ウケんね。適切な距離感、分からん。分かんなくない?他人との適切な距離感を完全に了解している人間とかいる?最強というか、人生向かうところ敵なしなのでは。

 

彼女の話はもうここらで一旦置こう。午後から友人に会うのにテンションが人と話せる感じじゃなくなるぞ。友人もなあ、わざわざ昼食に呼び出してくれたのはまあ、僕を心配してのことなんだろう。ありがてえ話だ。こうなって初めて、いやまあ初めてではないが、友人たちってやさしいなあ、と素朴な感情を抱いた。思った以上に話を聞いてくれる。

そしてまた、アドバイスって物凄く慎重にしなければいけないものなんだなという気づきも得た。生きるか死ぬかの苦しみを抱えている人に対して、話を聞いて数十分で思い付いた助言というのは、失礼にもなるものだ。浅い。当人は四六時中そのことを考えているわけで、だから、そんなのとっくに思いついているしそれが出来ねえから困ってるんだろうが、となったりする。あるいは、伝えられていない情報もあるわけで、ただ具体的な対処法を考えるだけでは足りない事も多々ある。大体の場合、人の心は色々な、本当に色々な事情が絡み合っているので、全てを説明する事は不可能だ。そういう時、目先の話にズレ込むと、例えば僕が最近経験したものだと、僕が抑鬱でアルバイトなんか出来るわけがない、しかし両親がそれを責める、という話をしたら、どんな楽なアルバイトがあるかという点に持っていかれ、友人は派遣バイトのサイトを見てへ〜こんなのあるんだ、と楽しくなっていて、いやそこじゃねえんだわ……と虚しくなった。僕が話したかったのは鬱に理解のない両親のこと、延いてはこんな調子で就職など出来るわけがないのでは、という将来の不安などであり、アルバイトが出来ないのは僕がそれどころではないから、ただでさえいっぱいいっぱいなのにこれ以上重荷を増やしてたまるか、という思いからで、これなら楽なんじゃない?とかそういう問題ではないのだった。何というかままならねえなあ、伝わらないもんだなあ、と思った。コミュニケーションは難しい。なんだっけか、氷山の一角みたいな、他人の悩みマウンテンの頂上だけ見て思い付いた事をそのまま口にすると、相手に傷を負わせる事になる。隔絶を感じる。虚しい。この人健康だなあ、と冷静になる。羨ましい限りだよ。まあ深刻な話というのはどうしてもしにくいもので、大体わかりやすい事しか話せない。するとその事象に対しての具体的なアドバイスが飛んできて、憤りを感じたり脱力したり、まあそんな感じの負の感情に陥るわけだ。他人は他人だ。その事が肌でわかってきた。結局、自分を救えるのは自分しかいない。やっぱり、そうなんだ。悲しい事だ。孤独だ。人間は、すべて独りなんだ。自分がもう一人居たらいいのに、と思う。二人で暮らしたい。僕は扱われたい扱い方があって、扱いたい扱い方もあるのだから、どちらも自分なら満足感2倍である。たぶん、傷つく事も少ない。自分の事は時々嫌いだが、時々好きなので、なんかトータルで上手く行くんじゃなかろうか。自分への攻撃と弁護は同時に在るのだから。もうそれでいい。それで構わない。

 

昔の自分のことを思い出す。日記みたいなものを中学生の頃からつけているので、その頃からの軌跡は分かる。それまでは自我というものがあったんだろうか、果たして。思い出せないだけで、何かしら感じたり考えたりしながら生きていたとは思うが。高校3年生の時もかなりメンタルヘルスは真っ赤っか、な感じだったな。大学入って1、2年、特に1年生の時はむちゃくちゃ健康だった。すごいな。そう思うとやはり、躁鬱なのかなあ。躁というか、体感的にはただ「まとも」な時期がある、というだけだが。まともになりてえなあ。反復性鬱なんじゃないか?と思ったりする。ラミクタールって効いてんのかなあ。適合したので飲み続けているが、効果が分からん。初めての精神薬だから比較もできない。飲み忘れた時を思うと、あまり変わりはないような気がするんだが。

 

いつものことだが、思考の流れをそのまま写し取っているようなものなので、切れ目がなく、改行ができない。読みづらいことだ。

2018/12/5

朝のスタバはなかなか良い。

 

ああだめそうだ、最近文章を書く能力が無くなってしまった。周りの人すべてに嘘を吐いている。僕はせめてその嘘を完遂させなくてはならないのだが、自分自身すらもその嘘に呑まれて真実を見失いそうになる。

本当のこととは、なんだ。それも、僕の心の中のことについて。

最近吐いた嘘を挙げてみようか。まず今朝の特急券を取ったという嘘。それに従って一般車で来た。そもそも今日の講義に出る必要はもうない。その事は午後一緒に遊びに行く友人にも言っていない。単位を落とすから、という理由で小旅行を断ったからな。薄々勘付いてはいたが、僕は旅行が好きではないらしい。お金も無いしな。

Aにレズビアンだと明かした。これは間違っていない。Xの話に知識をもって共感していたら当事者だと思われてしまったかもしれないが、これは故意に吐いた嘘ではない。し、そうなったとしても丸っきり嘘にはならない。僕が吐いた嘘は、僕の自認は君への初恋から始まるという事を隠した事だ。いや言えないだろ。嘘に限らず隠し事も多い。君との友情を失いたくはない、本当だ。本当のことだなこれは。その頃の彼女の胸の内も聞いてこれはいよいよ墓場に持っていくしかないと決意を固めた。というか、普通に成仏しかかっている。まあそれは良い、僕のセクシャリティーについては嘘と秘密の塊だぞ。宝物庫だぞ。セクシャリティーと、持病が二大トップだな。双極性障害だと言葉に出して告げたのは二人か。一人にはきちんと受け取られているか分からないな。しかしこれも僕は疑っている。本当にこれ躁鬱なのか?皆こんなもんじゃないのか?誰でも心が全く虚ろになってしまう日があるだろう?

 

焦らなくていいと思う、と以前恋人に言われた。御冗談を、と思った。

君がいるから焦っているんだ。僕は僕一人なら自殺なんてしないだろう。君と生きていく以上、自分で立てないといけないんだ。見苦しくないようにしたい。全然頼らないんだねと君は言うけど、だって無理な話だ。頼りにしているとも。ただ、不安の預け先ではない。縋る神様ではない。人間を、ただの人間を神様にしてはいけない。

僕のことは僕自身がなんとかしなくてはならない。だが、きっと僕は引っ張り上げてもらえる手を希望している。そんな都合の良い夢を。

 

外の人通りが増えてきた。そういえば店内にも人が増えてきている。来週からは一本二本遅らせて特急券をちゃんと買おうな。

 

そうだ、講義に出てきたよという嘘を一番吐いているかもしれない。まあよく聞かれるからだが。僕は卒業する気がないのだろうか。大学の勉強に興味が持てなくなってしまったのかもしれない。だが、いや皆そんなものだろう?熱中しているわけでもない、まあ悪くはないか位の分野を適当にこなしているんだろう?じゃあ僕はどうしたことだろうな。大学に行かなくなったとして、これからどうする?とりあえず恋人の事は置いておいて、だ。その事を考えると僕はとにかく主流に媚びる事しか考えられなくなる。世間の奴隷になる。無理矢理やるしかなくなる。が、多分彼女自身はそれを望んでいなくて、いやしかし女二人社会で生きていくためには安定した収入が必要だし君のご家族の信用を得る為にはまともな職が必要だ。まともな。僕はまともじゃないんだけどさ。じゃあ駄目じゃねえか何もかもが……。そもそもまともじゃない僕を彼女はまだ知らない訳で、それで全てが終わりになる可能性もある。そうしたらどうしよう。破茶滅茶やって死のうな。大学を辞めたとして何をする当てもない。いよいよ首を吊るしかなくなる。逸脱。僕は来年からもっと孤独になるんだろう。僕のことを忘れないでいてくれるだろうか。これはもう仕方のないことなんだよ。

孤独が怖い。今ですらそうなのに。

 

うん?というような、最近どうしてるんだろうね?というような違和感や疑問が、蔑みと同情に変わるまでのカウントダウン。

僕は精神科通いの投薬治療中メンヘラなのです。憐れまれるだろうか。僕には共有されないものが沢山あるんだろう。一線引かれるんだろうな。だからどうしたというんだ、僕はこうでしかいられないんだぞ、という、開き直りが、出来たなら。

希望がない。

この先の展開に期待が持てない。僕の人生が良くなる兆しある?無いんだけど。単純に睡眠がどうとかではなく、生命力がない。やる気がないので何をやってもだめ。何をやってもどころか、何も始められない。ので、詰みです。時間割を組んで、それでどうなる?ハナから講義に出るつもりがないだろ。講義に出てもレポートを書く気がない。どうすんの?知るか。とても就労なんて出来そうにない。朝の電車に負けるから無理だ。無理。起きられないし乗り物酔いするし無理。なんだこれもう、生きててどうするんだ?何か良いことあるか?惨めったらしくなっていくだけだ。

 

眠りながらの自然死、これに尽きる。金も欲しいが、こちらの方が今の気分だ。

啄木のことを考えていたんだがこれは太宰だった。啄木はなんだったかな。

一年ばかりの間、いや、一月でも、
一週間でも、三日でもいい、
神よ、もしあるなら、ああ、神よ
私の願いはこれだけだ、どうか、
身体をどこか少しこわしてくれ、痛くても
かまわない、どうか病気さしてくれ!
ああ! どうか……

これか。そしてこの曲が好きだ。

【初音ミク】明治四十二年四月十日【オリジナル】 - ニコニコ動画

 

芥川も言っていなかったか。なんだっけか。

誰か僕の眠っているうちにそっと絞め殺してくれるものはないか?

ああそうか、歯車だ。

 

ビルに反射した太陽の光が眩しい。いつのまにか明るい。そろそろ大学へ向かっても良いんだが、まあフラペチーノ飲み終わってからにしようか。退廃を気取っておいて、僕はまあチェーンの喫茶店で朝から抹茶フラペチーノ飲んでる訳だ。空いた手ではまた。はあ。そんなものだろうか。